バンコクはアジア最大の日本人集住都市:2018年「在留邦人数調査統計」詳細版

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(Bangkok, Thailand 2016/09)

 在留邦人数調査統計とは

外務省では、在外公館(各国の日本大使館総領事館)に提出された「在留届」を基に、各年の10月1日時点での海外在留邦人(在外日本人)数を算出している。旅券法の定めにより、外国に3ヶ月以上滞在する者は「在留届」の提出が義務付けられており、したがって3ヶ月未満の滞在者は「短期滞在者」としてこの統計には含まれない。

在留邦人の類別としては、(1)生活の本拠をわが国から海外へ移した「永住者」と、(2)海外での生活は一時的なもので、いずれわが国に戻るつもりの「長期滞在者」がある。なお、日本国籍を失った者は「日系人」としてこの統計に含まれないが、日本と外国の国籍を有する「重国籍者」は統計に含まれる。

毎年、「要約版」(速報版)と「詳細版」が公開されるが、「要約版」は国別・在外公館別の在留邦人総数を公開している。ここで注意したいのは、在外公館が管轄する範囲は意外にも広いということだ。例えばタイの場合、在タイ日本大使館(所在地:バンコク)の管轄範囲は、在チェンマイ総領事館(所在地:チェンマイ)の管轄する北部9県(チェンマイ県,ランパーン県,ランプーン県,チェンライ県,パヤオ県,メーホンソーン県,ナーン県,プレー県,ウタラディット県) を除く、1都67県である。つまり在タイ大使館の管轄する在留邦人数には、バンコクのみならずパタヤやシラチャ、プーケットなどの在留邦人も含まれる。したがって、都市別(県別)の在留邦人数を知りたければ、「詳細版」の公表を待たなければならないのである。先日、「平成30年(2018年)詳細版」が出たので、これを見てみよう。(※データは2017年10月1日現在)

海外在留邦人数調査統計 統計表一覧 | 外務省

 

 

前提として:世界的な在留邦人の動向

都市別の在留邦人動向に入る前に、スケールを大きくして世界的な在留邦人の動向について見てみよう。以下は2017年10月1日現在の在留邦人数上位20ヵ国のデータである。

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米国は世界最大の在留邦人数を有し(426,206人)、2位の中国(124,162人)以下を大きく引き離す。タイは4位(72,754人)であり、この他にも11位シンガポール(36,423人)、12位マレーシア(24,411人)などと、意外にも東南アジア諸国の名前が目立つ。

興味深いのは各国の在留邦人の内訳である。下のグラフは、国別の在留邦人のうち、永住者と長期滞在者の割合を示したものである。ざっくりと類型化してみると以下の通りになる。

  • 南米タイプ(ブラジル・アルゼンチン):永住者9割
  • 英語圏タイプ(米国・豪州・カナダ・英国・NZ):永住者3~6割
  • アジアタイプ(中国・台湾・東南アジア諸国):永住者1割
  • その他(EU諸国・韓国・フィリピン・メキシコ):永住者2-3割

大雑把に予想すれば、南米は日系移民の歴史的な土台があり、英語圏は永住権のメリットがあるため永住者の割合が比較的多いのだろうか。アジアは駐在員などビジネス関係の長期滞在はあり得るが、現地永住までは至らないといったところか。その他の国は、各々事情が異なりそうだ。

 

都市別の在留邦人数の推移

ここからは都市スケールで在留邦人数調査統計を見ていこう。国別の統計では、国土が大きく大都市も多い米国や中国から、シンガポールのような小国までが含まれている。都市別の統計では、より詳細にどの都市に在留邦人が集住しているかを把握することができる。

下図は1996年から2017年までの都市別の在留邦人数の推移を表したものだ。この9都市は、2017年時点でいずれも2万人以上の在留邦人数を有し、2003年以降入れ替わりはあるものの在留邦人数上位9都市を占める常連である。ちなみに10位は2008年までホノルル、2016年までサンフランシスコであり、2017年は近年在留邦人が増加しているメルボルンが就いた。

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まず、英語圏の都市(ロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドン、シドニーバンクーバー)を見ていこう。2006年まではニューヨークが世界最大の在留邦人数を誇っていたが、その後は一貫してロサンゼルスが首位を独占している。意外にも2001年の同時多発テロ事件による在留邦人の減少は見られなかった。ロンドンが2009年から2010年にかけて急激な増加を見せるが、その理由は「ロンドン」の定義が「大ロンドン市(Greater London)」になったためである。シドニーバンクーバーの増加は、この後でも触れるが、永住者の増加によるものが大きい。

次にアジアの都市(バンコク、上海、シンガポール、香港)を見ていこう。まず上海の2000年以降の急激な増加が目立つ。上海は1990年代時点では、およそ5,000人規模の在留邦人数であった。しかしながら、中国政府による外国人政策が緩和されたことや、急速な工業化に伴う日本企業の進出が相次いだため、2000年以降在留邦人の数が大幅に増加した。その後、2010年から対日感情の悪化や中国経済の低迷といった理由から、在留邦人数はその影響を受けて数を大きく減らすことになるが、2017年時点では依然として世界第4位の在留邦人数を有する。

一方で、香港とシンガポールは、国際金融都市やアジアの英語圏という背景から、1990年代時点ですでに2万5000人程度の在留邦人数を有していた。その後、両都市はその数を維持していくが、2010年以降両都市の差は広がる。シンガポールの在留邦人が4万人に近づいているのに対し、香港は一貫して2万5000人に留まる。ともに似たような文化的背景や国際ハブ機能を有する都市であるが、香港は中国経済に紐づけられた存在であるのに対し、シンガポールチャイナリスクを忌避するためのASEANやインドへのゲートウェイとしての役割が求められたことが、両者の違いを生む原因となったのではないか。

バンコクでは、1990年代から20,000人程度の在留邦人数を有しており、1998年のバーツショック(アジア通貨危機)により若干低迷するものの、2000年以降は順調に在留邦人数が増加し、2015年には上海を抜きアジア最大の日本人集住都市となった。その背景には、自動車産業を中心とする日本企業の進出が大きなところではあるが、近年では(私の近辺だけかもしれないが)話題となっている若年層の海外就職や、退職後のロングステイ、さらには(おそらく在留届は出す人は少ないだろうが)一時の外こもり族や海外沈没組といわれる人々、そして短期の旅行者など、ともかくバンコクは多様な属性の日本人を受け入れる懐の深い都市(*)なのである。

 

都市別在留邦人数ランキング2018

最後に2018年詳細版の在留邦人数調査統計から「都市別在留邦人数ランキング」を見てみよう。下表は2017年10月1日現在の在留邦人数上位20都市を示したものだ。同様に永住者と長期滞在者についても上位20都市を取り上げた。また、ここではアジアの都市を太字にした。

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国別の在留邦人動向でも触れたが、やはり永住者が多い都市は欧州・北米・南米・豪州が多く、アジアの都市は一つも入っていない(シンガポールが23位で2,589人)。一方で、長期滞在者数では中国や東南アジアの都市が多くランクインしている。

すなわち、在留邦人全体のランキングに入るアジアの諸都市は、その9割以上が長期滞在者(さらには民間企業関係者:いわゆる駐在員とその家族)によって支えられているのに対して、特に豪州(シドニーメルボルンブリスベン)やカナダ(バンクーバートロント)の諸都市における在留邦人は、その半数が永住者である。

国別では世界7位の在留邦人数を誇るブラジル(52,426人)の都市は、永住者数ランキングにサンパウロ(9,699人)が入るのみで、他の多数の在留邦人は都市に集住せずに国土に分散していることなど、国別の統計では見えてこなかった様子が見えてくるのが、都市別の統計の面白いところである。在留邦人数調査統計の詳細版は、各国の県や州、市レベルでの在留邦人数を知ることができるので、これから向かう都市にどれほどの日本人が居住しているのかを知るために、あるいは統計を眺めてアフリカやカリブ海、太平洋の島々でも活躍している日本人がいるんだなぁと思いをはせてみるのも良いかもしれない(繰り返しにはなるが、あくまで「在留届」の提出数ベースであるので、届出をしていない日本人は含まれていないことに留意されたい)。

海外在留邦人数調査統計 統計表一覧 | 外務省

 

 (*) それでも永住する人は少なく、大半はいつか帰国してしまうのだが。そしてタイ人が増加する日本人をどのように捉えているかについては、今後の検討課題となる。